六月の雪

緋色は雪の涙なり

Learn as if you will live forever, Live as if you will die tomorrow.
 
 
  

嵐が丘

同じ新潮文庫から新訳もでているが,昔読んだ古い訳でもう一度読みたかったのでアマゾンのマーケットプレイスで購入。これでも私がかつて読んだものより新しい版で,当時は上下巻に分かれていた。
かつて一度だけ読んだのは中学校2年生の時で,内容について憶えていることといったら,ヒースの花咲くイングランドの田舎の一軒家が舞台でヒースクリフという悪魔のような男が出てきたってことだけ。ただひたすらヒースクリフが恐ろしく,やたらと人が死に,暗く鬱々とした空気が物語を包み,しかし相対するようにイングランドの自然描写が魅力的だったということが印象に残っていて,その両方をもう一度味わいたいと長年思っていたが,この本に手を伸ばすには何だか覚悟が必要だった。気楽に読むわけにはいかないという感じで。ヒースクリフの毒気に耐えなければならないという気持ちで。

嵐が丘 (新潮文庫)

嵐が丘 (新潮文庫)

舞台は18〜19世紀にかけてのイングランド北部ヨークシャー地方。ヒロインたるキャサリン・アーンショーは1765年生まれ。嵐が丘に住むアーンショー家とスラシュクロス屋敷に住むリントン家の因縁と確執を,家政婦として長年両家の人々と共に暮らしたエレン・ディーンが,スラシュクロス屋敷を借り受けたロックウッド氏に語るという形式で進んでいく。
原題は『Wuthering Heights』(ワザリング・ハイツ)。ワザリングとは舞台となっている地方の方言で,嵐の時に丘に吹きすさぶ風が怒る様子を表しているということで,『嵐が丘』という日本語の題名は斎藤勇博士(日本の英米文学の礎を築いた人らしい)によるもので,日本の訳本はこの定訳に従っているらしい。
舞台になっているイングランド北部は実際にブロンテ姉妹が住んでいた場所。ブロンテ姉妹はシャーロットとエミリーが有名だけど,実際は6人兄弟姉妹で全員がとてつもない才能を持った人たちで,みんな若くして亡くなっていて,その生涯は『嵐が丘』のように陰鬱な印象。シャーロットの『ジェーン・エア』も私には狂気に溢れた暗い物語のように思われたし,やっぱりもう一度読むには覚悟が必要な気がする。シャーロットが書いたロチェスターとエミリーが書いたヒースクリフは著しく似通っていて,これらの人物の原型は彼女らの父親であろうという説があるとのことだが,何となく納得してしまう。


兎にも角にも純文学というのは私には難しくて,知らない世界の知らない時代のわけ分からない人たちについて辛抱強く読んでいく感じになってしまう。文章の美しさとか表現とかそういった分野への感度が低いのかな。『嵐が丘』は究極の恋愛だなんて言われるし,『月と六ペンス』のサマセット・モームも「恋愛の苦しみ,法悦感,残酷さが、これほど力強く描き出されている小説を、私はほかに一つも思い出すことができない。」(『世界の十大小説』(下) P.174)と書いているそうだが,私には悪魔の生まれ変わりたるキャサリン母とヒースクリフが周囲を不幸にする話にしか見えなかったりする。文章表現のみならず私は恋愛への感度も低いということか。ヒースクリフの死に方は勿論異常だけれど,キャサリン母だって相当なものだ。「あたしはヒースクリフです!」とか,情熱的を通り越して気が狂っているし。二人の幽霊はきっといるに違いない。酷い育ち方をしたはずのヘアトンが好青年であることが,私にはただ一つの救いのように思われた。
蛇足だけれど,こういう英米文学作品だと人物名に苦労する。この文化圏の人たちは,何だって親子で同じ名前をつけたり,姓と同じ名をつけたりするのだろう。愛称もわからない。キャサリンをキャシーは分かるけれど,ネリーがエレンの愛称というのはピンとこない。この物語には出てこないけれど,マーガレットの愛称がメグはまだしもペギーって最高にわからない。おかげで読み終わった後の記憶整理段階で処理が滞って数年経つと分けが分からなくなっている気がする。

とりあえず一度読み返して満足はしたものの,もう一度くらい別の訳で読んでみたい気がする。新潮文庫のほか,中公文庫や岩波文庫光文社古典新訳文庫などなど色々あるけれど『嵐が丘』の名訳はどれ? どなたかお勧めがあったら教えて下さいませ><!