六月の雪

緋色は雪の涙なり

Learn as if you will live forever, Live as if you will die tomorrow.
 
 
  

銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ

収録作品

  • 銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ
  • 地球の森の精
  • 愛しのレジナ
  • 高橋家、翔ぶ
  • 有楽町のカフェーで
  • 薄幸の町で

昭和59年発行で,手元にあるのは昭和61年(1986年)第4刷。
沢山の本を読んできたから,よほど印象が強くないと読み終わって何十年も経って覚えていたりしないものだが,この本はけっこう度々思い出して読み返したい衝動にかられ,読み返してきた。特に台風の日などに読み返したくなる。台風が「終末」ぽいからかもしれない。読みたいと思い出すのは『有楽町のカフェーで』と『薄幸の町で』の2作品だから。うっちゃんとサヨコの物語。一度も触れあうことのなかった恋人たち。サヨコのまっすぐさと不器用さが好きだった。
1986年に買って以来もう数えるのも嫌になるほどの数々の引っ越しを終えて未だ手元に残っているこの本を久しぶりに紐解いてみたが,やっぱりサヨコは魅力的で,凄く古い昭和の薫りがプンプン漂う風景が描かれていながら,変わらぬ魅力を放ち続けていると思われた大原まり子さんの作品を,改めて素晴らしいと思った。1986年当時は「マジーの自転車ってどんなの?」と思っても,自転車屋へ自ら足を運ぶ以外に知る術もない感じだったが,今はネットで画像検索すれば簡単に分かって便利だな。サヨコはこんな自転車に乗っていたんだ。

行きつけの店というのはいい。なぜなら、その町を親しく感じさせてくれるから。帰ってきたとき、何事もなく自分を受け入れてくれるから。留守のあいだじゅう、ずっと町はそこにあって、何ひとつ変わらなかったのだと思わせてくれるから。それは自分という存在への自信につながっている。”浮かれ小島"に住む人間にとってそれは、何より必要なことなのだ。 p.126

引用は『高橋家、翔ぶ』から。最初に読んだ頃はまだ20代で自分がこんな人生を歩むなんて思っていなかったので気にも留めていなかった一文だったと思うが,根無し草の引っ越しだらけの人生を歩んできた今となっては,この文章はとても心に残った。本当にその通りだ。東京の行きつけの店に帰ってきて,どんなに安心したか。そして2年住んで行きつけの店が1件もできなかった福岡は如何に最後まで異国の見知らぬ町な気分だったか。
人生経験を経た後に昔読んだ本を読んでみるのは楽しいことだ。

後書きで著者は

「銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ」というのは、ひょっとすると最長のタイトルではないでしょうか?

と書いているのだが,これがまた時代を感じさせる。今では長文タイトルのラノベがうんざりするほど蔓延っているのだもの。例えば,『(この世界はもう俺が救って富と権力を手に入れたし、女騎士や女魔王と城で楽しく暮らしてるから、俺以外の勇者は)もう異世界に来ないでください。』『縫い上げ! 脱がして? 着せかえる!! 彼女が高校デビューに失敗して引きこもりと化したので、俺が青春をコーディネートすることに。』『男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。』などなど,もういいやって感じ。この程度で長いタイトルだったなんて牧歌的な時代だったわね。
うん,やっぱりこの先も何度かこの本を読むのだろう。だからこの本は私が最後に暮らす家まで一緒にいるのだろう。