六月の雪

緋色は雪の涙なり

Learn as if you will live forever, Live as if you will die tomorrow.
 
 
  

狼と香辛料

長きに渡る『狼と香辛料』がついに完結と聞いて、既に忘れかけている最初の頃から物語をたどってみようと、サイドストーリーを除き、1巻からまとめて読み返した。それだけの時間を費やすに値する物語だと思う。著者の支倉凍砂氏(URL)は立教大学の理学部物理学科出身ということで、経済学の専門家ではないし、宗教や歴史畑の出身者でもない。にもかかわらず、そういう分野を専攻したとしか思えない詳細な記述が多々見られひたすら感心していたのだが、太陽の金貨(下)の後書きによると、やはり専門書がベースになっていたとのこと。私ならそんなものを読んで理解するだけで力尽きて創作の時間がなくなるだろう(^^;。
物語にはホロのような精霊と言われる存在が色々出てきたが、その中にヒトはおらず、しかも人ならざる存在の彼らが人の形をとったりするところを見ると、この物語の世界でヒトは特別な動物ということになるだろう。ホロが「若き狼」と呼ばれるくだりがあったが、ホロはその存在としては本当に見かけ通り十代の少女に相当する若さのかもしれない。とすると、彼らは何千年も生きるのだろうか。
それにしても、ロレンスとホロ、螢一とベルダンディーああっ女神さまっ)、アラゴルンとアルウェン(指輪物語)、私が知る物語の中ではいつも、長い生ゆえに愛する者を見送って孤独に延々と生きていかねばならない運命は女性のもの。まぁわかる気がしないでもないが、私がそういう存在ではなくて本当に良かった。

以下、各巻の覚え書きと感想。

狼と香辛料 (電撃文庫)

狼と香辛料 (電撃文庫)

初読2008年10月06日/再読2011年04月19日 物語完結を機に再読。その後の旅を読み進めた上での再読にも拘わらず違和感を全く感じないのは,当初からロレンスとホロの人格が一貫してしっかり描かれているからだろう。旅の始まりを思い出し,何故に「狼と香辛料」であったかを思い出した。一度目は読み急いでしまったので,再読はロレンスと共に金勘定をしながら。


狼と香辛料 (2) (電撃文庫)

狼と香辛料 (2) (電撃文庫)

初読2009年3月25日/再読2011年5月27日 ポロソンのラトペアロン商会で店主の弱みにつけ込んで大量の武具を信用買いし、リュビンハイゲンのレメリオ商会で窮地に立たされるロレンス。少々いい気味だった。若者よ学ぶが良い。基本がお人好しなロレンスと現実的なホロという立ち位置が1巻より明確になってきた。密輸をテーマに書ける作者はかなり博識だと思う。


狼と香辛料 (3) (電撃文庫)

狼と香辛料 (3) (電撃文庫)

初読2009年04月05日/再読2011年06月06日 教会都市リュビンハイゲンを出たロレンスとホロは、異教徒と正教徒が混在し、宗教問題から離れて経済の繁栄を願って造られたクメルスンに立ち寄る。そこでホロに惚れ込んだ若き魚証人アマーティが投じた石によって見事ホロとすれ違ったロレンスは、身を削るような黄鉄鉱取引に奔走することになる。ホロもちょっと酷いのではないかと思ったが、ロレンスの独りよがりも甚だしいもので、これぞ痴話喧嘩の鏡かという感じだ。錬金術師を束ねる鳥の女ディアナの話でヨイツがやはり滅んだことがわかり、ニョッヒラではなくレノスを目指すことが決まる。


狼と香辛料 (4) (電撃文庫)

狼と香辛料 (4) (電撃文庫)

初読2009年4月15日/再読2011年06月09日 クメルスンでディアナから紹介された修道士を訪ねる為にテレオという村へ向かう。道すがらエンベルクという正教徒の町へ立ち寄り,積み荷の小麦を売ってテレオへの道を尋ねようとするロレンス。しかし小麦は売れず,この小麦のためにテレオとエンベルクの争いに巻き込まれ窮地に立たされることになる。新たに登場するのは粉挽きのエヴァンとテレオの教会を守るエルサ,酒場の女将イーサ,村長のセム。立ち寄る町の登場人物が生き生きと描かれていることが,この物語を飽きさせない一つの要因だと思う。


狼と香辛料〈5〉 (電撃文庫)

狼と香辛料〈5〉 (電撃文庫)

初読2009年4月29日/再読2011年06月16日 ホロの伝説を伝える街、材木と毛皮の街レノスへ到着。ロレンスたちは、元ローエン商業組合の商人だったアロルドの宿へ泊まり、女商人エーブと知り合う。この物語屈指の魅力ある人物エーブの登場だ。エーブから共同毛皮買い付けを提案されるロレンス。最後のエーブとロレンスのやりとりは正直言って説明臭くわかりにくかった。また、毎度思うがロレンスとホロのやりとりは、一々相手の裏の裏まで憶測し大変。本で読む分には良いが実際にこれをやれと言われたら、私なら楽しむどころか疲れるだけだと思う。


狼と香辛料 (6) (電撃文庫)

狼と香辛料 (6) (電撃文庫)

初読2009-05-09/再読2011年06月27日 レノスでエーブとの攻防に破れたロレンスは、ホロとの旅を続ける口実を捜しながらエーブを追って川を下る。物語の前編と後編を分けるような位置づけの巻で,道連れとなる少年コルとの出会いが描かれる。コルを通じて異教の神を崇める北の地というものが朧気ながら見えてくるような巻でもある。


初読2009年5月23日/再読2011年07月01日 港町ケルーベでエーブをつかまえた一行は,エーブの口利きでジーン商会のレイノルズに狼の骨の話を聞きに行く。北と南で対立するこの街で,ロレンスは南の商会に属し,エーブは北の用心棒。ロレンスはエーブとからんで微妙な立場へ追い込まれてゆく。ローエン商業組合のキーマンの恐ろしいばかりの手腕はよく描かれていた。北の船を南が曳航,イッカクがどうのというくだりは今ひとつ分かりにくい。


初読2009年6月5日:ストーリーはよく練れられていて面白いが、行間を読まなければならないことが多くてちょっと大変。エーブが怖くて魅力的です。
再読2011年7月5日:最初から最後まで気を抜けない1巻。社会の複雑さとこの世界の商人たちの恐ろしさ・逞しさを嫌と言うほど見せつけられる巻でもある。3人の中でのコルの立ち位置は次第にはっきりしてくると同時にロレンスとホロの関係も落ち着いた感じがする。エーブは最後まであまりにも魅力的だった。エーブに乾杯&farewell!


狼と香辛料〈10〉 (電撃文庫)

狼と香辛料〈10〉 (電撃文庫)

初読2009年6月16日:「金の羊」はおひつじ座の伝説を彷彿とさせる。ピアスキーハスキンズ,新登場人物が常に魅力的なのが,飽きさせずにここまで続く一つの要因かも。そろそろ終盤の雰囲気が漂う。爽やかに終わって欲しいと願う。
再読2011年7月13日:3人はキーマンとエーブ連名の信用書を持って海峡を渡り,エーブの故郷ウィンフィール王国へ渡る。雪深いこの島国のブロンデル修道院にホロが探す狼の骨があるらしいという。財政的に逼迫したこの国では外貨が高い価値を持ち,修道院は名高いルウィック同盟に狙われていた。この同盟のピアスキー修道院までの道案内を頼むが,ピアスキーはなかなかの好人物。修道院近くで宿に困り,羊飼いハスキンズの家に寝泊まりすることになるが,ハスキンズはホロと同類だった。ハスキンズから見ればホロなど若造で,ハスキンズとホロの会話が面白かった。


狼と香辛料〈12〉 (電撃文庫)

狼と香辛料〈12〉 (電撃文庫)

初読2010年3月23日:銀細工師フラン・ヴォネリを巡る物語。新しい土地で新しい人に出会い,新たな危険を解決するという骨組みは変わらず,ラノベと呼ぶには古風で頭を使いながら読まねばならない箇所も多いのだが,退屈することなく読み進むことができる。12冊目なのにマンネリを感じさせないところは著者の文章力だろう。
再読2011年7月17日:港町ケルーベへ戻った3人はハスキンズに紹介された絵画商ユーグを訪ね、更にユーグの口利きで北の地図を描くことができる銀細工師フラン・ヴォネリに会う。地図を描く条件として天使伝説を追いかけるフランに付き添い、タウシッグの村へ、そして山小屋へと向かう一行。天使の伝説の種明かしは見事だった。ロレンスはホロと旅を続けるうちに随分と度胸をつけたのではないか。元来頭が良かったのだろうが、その働かせ方も研ぎ澄まされてきた感じ。


狼と香辛料〈14〉 (電撃文庫)

狼と香辛料〈14〉 (電撃文庫)

初読2010年4月5日:北の地の地図を手に入れ,いよいよ物語は終盤にさしかかる雰囲気。以前の知り合いとの再会もあり,もう一度読み返せば見えてくる物も多そうだ。
再読2011年7月23日:羊のユーグに見送られ3人はレノスへ戻る。フランの紹介で雑貨商フィロンを訪ね、そこでテレオの教会を守っていたエルサに再会。エルサを案内していた書籍商ル・ロワに頼まれ、再び奴隷商デリンク紹介と関わることになる。エルサの魅力が全開。ホロに石頭と呼ばれる彼女だが、親しくなればこれほど心強い友となる女性もいないだろうと思われた。


初読2011年7月27日:レノスを出て、ミューリの名を冠する傭兵団を訪ねるべくデバウ商会の街レスコへ向かうロレンスとホロ。ヨイツが射程距離に入ったこの地で、ついつい忘れがちだった、ホロが賢狼ホロである事実が再確認される感じ。また、変化に富んだ旅路を経たロレンスの成長が本物であったことも感じさせられた。最後に出てきた思いがけない人物は?


初読2011年7月29日:思ってもみない人物と関わるはめになったロレンスとホロ、そしてミューリ傭兵団。「北の地」がどれほど人ならざる存在と共にある土地であるかを端々から感じる巻であった。ロレンスは根っからの商人魂を持っているし、性懲りもなく危険に首を突っ込んでしまってきた。しかし、ホロは決して望んでいないにもかかわらず、彼女が人ではなく、しかも牙を持つ狼であるからこそ、ロレンスが騒動に巻き込まれてしまうという一面があったことは否定できないと思う。だからこそロレンスは生きのびるために頑張り、ホロの伴侶に足るめざましい成長を遂げたのだ。努力は必ずしも実を結ぶものではない。が、ロレンスの努力は実を結んだ。「太陽の金貨」という副題は魅力的で、波乱に富んだ上下巻はこの長い物語の最後を飾るに相応しいものだったと思う。


狼と香辛料〈17〉Epilogue (電撃文庫)

狼と香辛料〈17〉Epilogue (電撃文庫)

初読2011年8月1日:目くるめく激動の物語が一件落着を迎え、静かにクールダウン。そんな感じだった。「狼ですら襲うのを躊躇してしまうほど無防備な羊であったか」とは恐れ入りました騎士様。個人的には服の仕立て職人として成功したノーラを見たかったな。エーブは一番好きな、というか、一番気になる登場人物だったので、いつかロレンスなんかよりお似合いの相手と幸せな商人生活を送って欲しい。『行商人と鈍色の騎士』は良い短編だった。