六月の雪

緋色は雪の涙なり

Learn as if you will live forever, Live as if you will die tomorrow.
 
 
  

望郷の歌

望郷の歌―石光真清の手記 3  (中公文庫 (い16-3))

望郷の歌―石光真清の手記 3 (中公文庫 (い16-3))

城下の人』 『曠野の花』に続く,石光真清の手記第3部。明治37(1904)年,日露戦争の開戦と共に諜報活動を終えてハルビンから帰国し,召集され,第二軍司令部配属の副官として戦地へ出征していくところから始まる。
前半3分1くらいが日露戦争の戦地描写に費やされ,肉弾戦の様子が生々しく描かれている。勝たぬ限り亡国あるのみと,兵隊から将校に至るまで決死の日本軍。「全滅を期して攻撃を実行せよ」・・・そして,屍の上に屍が累々と積み重ねられていく。

「戦友が倒れても留まるな。彼を踏み越えて進め。少尉が倒れたら曹長が指揮をとれ,曹長が倒れたら軍曹が指揮をとれ,軍曹が倒れたら上等兵が指揮をとれ。一歩も譲ってはならぬ。踏みとどまってはならぬ。」

ある若い将校の言葉が印象的だった。

「いつも戦線を巡って感じますことは,このような戦闘は,命令や督戦では出来ないということです。命令されなくても,教えられなくても,兵士の一人一人が,勝たなければ国が亡びるということを,はっきり知って,自分で死地へ赴いております。この勝利は天佑でもなく,陛下の御稜威でもございません。兵士一人一人の力によるものであります。」

圧倒的にリソースが不足していた日本軍は,ロシアに補充を許さぬため絶え間なく攻め続けた。冬が来ると,ロシアも日本も睨み合ったまま活動をやめ,時に白旗を持って相手を訪れ,交歓し接待し合った。
著者は,敬愛する先輩と同郷同期の親友を失い,慰霊の法要で祭文を読むことになるが,親しすぎた彼のための文章を書くことが出来ず,同司令部に軍医として勤務していた森鴎外へ代筆を頼む場面も。
しかし,凱旋した著者は,諜報活動のため軍籍を離れていたため,いきなり失業者となった。違う分野で活躍するには年もとりすぎており,失意の中,満州で再起を図ろうとするが何一つうまく行かず,とうとう無一文同然で海賊の囲われの身にまで落ちぶれてしまう。一度人生の王道を離れてしまうと,もう戻るのは難しい。現代の世の中と変わらぬ現実が,この時代にもあった。何もかも失って帰国した著者は,年老いた母親,義姉,妻という3人のしっかり者の明治女性の助力に救われ,何とか世田谷で郵便局を営む生活に落ち着いたところで,明治という時代の幕が下りる。
明治45(1912)年7月30日の明治天皇崩御,翌日の乃木将軍夫妻の自刃で,この巻は終わる。

愉快な読み物であるとは,とても言えない。ただ,このおそろしく冷酷な現実も運命も,全て現実に起こったことなのだと思いながら読み進んだ。この人たちによって築かれ守られたのが,この国なのだと。