帰らない少女を廃屋で待ち続ける椅子の物語。
小学生の頃,たぶん3年生くらいの頃に学校の図書室から借りて読んで,たった一度しか読まなかったけれど,その後ずっと忘れられない本だった。それだけに今更読んでがっかりしないだろうかと不安を感じつつも長年読み返してみたくて迷っていた。そして,やはりどうしても大人になった自分がこの本をどう思うのか知りたいと思い,図書館から借りて読むことにした。
宮島にたくさんのたくさんの死体が運ばれた日のこと。下では燐の青い炎がめらめらと燃え,その上を人魂が飛び交っていた日のこと。だが戦争の悲惨さだけが主題の本だったら子どもだった私はこの本にそこまで惹かれなかったと思うし,今の私はがっかりしただろう。
生きているとはどういうことか,命とともに受け継がれて流れてゆく記憶があるとしたら何なのだろう,そういう深い考察が物語の中に散りばめられており,これを読んだ小学校三年生くらいの私がそれを理解できたとは到底思えない。が,理解できないまでも感じ取ったから,この物語はずっと心に残っていて,物語を読みながら頭の中に思い描いた風景を夏が来る度に思い出し続けてきたのだろうと思った。
2605年と聞いて,皇紀であると今の私ならすぐに思うが,小学生の私は紀元のことなど知りもしなかった。皇紀2605年は,即ち昭和20年,西暦1945年。1945年に何があったか。私がこの本を読んだ当時はまだ戦争から近い時代だったし,小学生でも1945年がどんな年か考えるまでもなくわかったと思う。児童書でありながら,子どもを子ども扱いせず真剣に語る物語だ。
一番赤んぼうに近いからこそ一番何かを覚えているかもしれないのが3歳未満の小さな子ども。ゆう子が突然童歌を歌うようになったり,「さよなら、あんころもち、またきなこ。」などと言うようになったかはある程度わかったが,どうして見知らぬ家に「ただいま」と帰って玩具のある場所まで知っていたのか,結局わからなかったのが気になった。
あと,松谷みよ子さんのあとがきが怖い><!
「いのちの流れというもんがあるようにわしは思う。そこにぽっかりういたあわのようなものが、人それぞれ、生きとるということじゃ。死ねばその流れに帰っていく。あわであることは、水ということや。じぶんでもしらん長い時の流れの一部や。」(P.94)
わらべ歌というのは、子どもたちが代々、だれに教えられるともなく、うたいつづけてきたものでしょう? その中にこそ、いろいろな民族の音楽の発生や、原始的なすがたがあるってことなの。つまり、かりものでない民族の音楽ね。(P.196)
- 作者: 松谷みよ子,司修
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1976/07/20
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