六月の雪

緋色は雪の涙なり

Learn as if you will live forever, Live as if you will die tomorrow.
 
 
  

春にして君を離れ

 1944年に出版されたこの本の翻訳本がハヤカワ文庫から出たのは1973年。私がこの作品を知ったのは,アガサ・クリスティが亡くなって数年経った1980年頃だったと思う。「Absent in the Spring」というシェイクスピアソネット98から引用した表題があまりにも印象的で,あまりにも詩的で(詩なのだから当然だが),アガサ・クリスティなのに推理小説ではないといいうのも印象的でとても気になっていたのに,何故かなかなか手が出せなかった。こういう状況を助けてくれるのがKindleのセール。場所をとらないから,いつか読もうと思って買っておける。そして,ぽっかりと空いた義務のない時間を埋めるべく発掘されるのが,そう思って何となく買っておいた本だ。一昨年くらいに買っていたのを思い出して読んでみた。
高校生の頃読んでも,私はこの本から多くを得られなかっただろうと思う。勿論色々考え感じたではあろう。高校生の頃だったら主人公のジョーンと自分の母を比較しながら読むことになっただろう。そして自分の母に対する批判のように主人公を批判し,他人事のように読み終わったらサラリと内容を忘れてしまっただろう。だが,主人公より年上になり,終盤にさしかかった親の人生や後半になって久しい自分の人生に起こった様々な出来事を思い浮かべつつ読むと,自分の人生の暗部が照らし出され,決して他人事とは思えない。推理小説以上に恐ろしい小説だと思った。
 本来の自分とは無縁な環境で数日間を孤独に過ごすことになった主人公のジョーンは,本来の自分だったらあり得ないような自分自身との対話を始め,心の奥底にいた自分との出会いを果たし,元の世界へ戻っていく。そう,決して元のままではない筈なのに,戻ってゆくのだ。
 「二人分の分別」。分別って何だろう。「じゃあいいいよ。きみの好きにするさ」これがどんな絶望的な返答であることか。一言も言葉を交わさずに離れて座ってる状態を「他人行儀」としか思えないショーンの心は確かに実際的すぎて豊かとは思えない。「あそび」がない建物は少々の地震で崩れるだろう。そんな脆さを過剰な自己満足で覆い隠す。他人の不幸を人間というものはそんなにも好むのだろうか。娘のエイヴラルが好きだった。緑の牧場。死の陰の谷。詩篇23篇が効いていた。
 

Sonnet 98, By William Shakespeare

From you have I been absent in the spring,
When proud-pied April, dressed in all his trim,
Hath put a spirit of youth in everything,
That heavy Saturn laughed and leaped with him.
Yet nor the lays of birds, nor the sweet smell
Of different flowers in odour and in hue,
Could make me any summer’s story tell,
Or from their proud lap pluck them where they grew:
Nor did I wonder at the lily’s white,
Nor praise the deep vermilion in the rose;
They were but sweet, but figures of delight
Drawn after you, – you pattern of all those.
Yet seem’d it winter still, and, you away,
As with your shadow I with these did play.


 
春にして君を離れ (クリスティー文庫)

春にして君を離れ (クリスティー文庫)